前回のシェレンベルガーの記事が思った以上に良い反応をいただきましたんで、第二回目をお送りいたします。第二回目はラモン・オルテガ・ケロです。
文字通りの「若き天才」〜史上3人目のミュンヘン国際コンクールをオーボエで制した男〜
ラモン・オルテガ・ケロは、世界に数多いる若手オーボエ奏者の中でもトップクラスの奏者です。
1988年スペイン生まれで、2003年にダニエル・バレンボイムが提唱して作られたウェスト=イースタン・ディヴァン・オーケストラの奏者となります。その後、2007年にミュンヘン国際コンクールで優勝(オーボエではホリガー、ブールグ以来、40年ぶりの優勝です)。2008年から現在まで、名門バイエルン放送交響楽団の首席奏者として活躍しています。
彼の演奏はとにかく「自然」。立ち居振る舞いから、その音、音楽、フレーズ、リズム、すべてにおいて押し付けがましいところはなく、ふらっと歩いてきて話しかけられたら実はそれがオーボエを使っていたのでした、という感じ。
上手いのに上手さをゴリ押ししない。「必要だから技術を使っているだけで、それが超絶技巧だとは別に自分は思ってないです、ハイ」みたいなw こういう奏者、大好きなんです。
何故彼を紹介したのか
シェレンベルガーを紹介した時にも書きましたが、オーケストラに在籍しながらソリストとしての活動を行う奏者というのがとても増えている気がします。ソロで活動している奏者はもちろんリサイタルなどを開いたりするのは分かるのですが、オーケストラに在籍しながらソロ活動を行っている奏者(リサイタルを行ったり)というのは、ここ20年くらいでずいぶん増えたのではないでしょうか。
このラモン・オルテガ・ケロは、その経歴からしてまさに「オケ」と「ソロ」の両面で活躍している奏者であります。日本でもリサイタルを行っており、その模様はBSでも放映されまして。以前から名前は知っていたのですが、実際の演奏をちゃんと聴くのはそれが初めてでした。もうとにかく上手いなんてもんじゃなくてですね、ちょっと次元の違う奏者だとおもいましたね。サン=サーンスのオーボエソナタも絶妙でしたが、ファリャの「恋は魔術師」全曲を自ら編曲してピアノ伴奏で吹ききるのにはただただ驚きました(そして素晴らしかった)。
なぜ彼を二番目に紹介したのか。
それは彼が現代におけるシェレンベルガーのような奏者である、という乱暴な話を書きたいわけではなくて。
もっともっと彼が認知されて、聴かれるべき、と考えているからです。
以前書いた記事でも触れていますが、今の若い人たちが心に思うスター奏者というのは一体誰なんだろう、という疑問に対して、答えられない一番大きな理由の一つに、「奏者を知らない」っていうのがあるんじゃなかろうか、と。
「知らない」理由について、おそらくですが「かんたんに情報が手に入るようになった」ことが大きいのではないか、と仮説を立てています。
私の世代のオーボエ吹きって、そもそもインターネットとかも出始めの頃で、人づてに「この奏者がいいらしい」とかいう情報を聞き出して、その録音をなんとか見つけて聴く、という苦労をした世代であります。インターネットが普及したとしても、録音そのものを共有できるような時代ではありませんでした。だからみんなオーボエ奏者の録音、ってなれば、ある程度決め打ちで探してたんですよね。
ところが、現在はyoutubeなんかでオーボエのキーワードで検索するだけで、いろんな演奏が引っかかります。人で探すというよりもそこで引っかかった演奏を幾つか聴いて、それでおしまい。気に入った奏者がいたとしても、その人がどういう人なのかをわざわざ探さなくても、演奏はなんとなく聴けるわけで、それも沢山の数の奏者がいるわけで、この人じゃなきゃいけない、っていう個性との出会いよりもyoutubeで探して見つかった曲との出会い、という方がずっと多くなってしまった気がします。
そうなると、好きなオーボエ奏者とかって別にいなくてもなんにも困らなくなるわけです。まぁせいぜいこの間挙げたルルーやマイヤーといった超有名奏者の名前くらいは知っているかもしれませんが、下手をするとルルーやマイヤーだって知らないアマチュアのオーボエ奏者だっていそうです(いや結構いるかもしれない)。
情報が溢れてしまったが故に、ググって最初の方に出てこない奏者は「知らない人」で終わってしまうのではないか、と愚考する次第であります。
誤った仮説かもしれないのですが、それでも「奏者を知らない」という事は割りと外していない気がしておりまして。ましてそれが若手の天才奏者であれば、知らないという事は実に残念で勿体無いことだなぁ、と思っております。
ずいぶん長くなってしまいましたが、だからこそ、これからのオーボエ界を背負って立つ若手奏者たちを紹介したかったし、その中でももっとも重要な奏者の一人である、ラモン・オルテガ・ケロを取り上げた、というわけです。そしてそれを知ることこそ、現在のオーボエ界の状況を知る事にも繋がるし、過去だけでない、現在から未来にかけての巨匠の芸を、ともに歩みながら知れるわけです。(故人や引退された奏者を取り上げたい気持ちもありますが、それは逆にもっと後でもいいかな、と思っています。「これから」の人を紹介することの方がずっと大事!)
若き天才はバロックがお好き
すっかり前置きが長くなってしまいましたが、彼の録音を紹介していきます。彼はその若さですでに数枚のソロアルバムを出しており、そのどれもが素晴らしいんです。
とくに彼はバロック音楽が好きなようで、実際その押し付けがましくない音色はバロックとの相性が良いです。 古楽器ではない現代楽器でバロックを演奏する意味と意義を、演奏を通して我々に伝えてくれます。
シャドウズ
彼のデビューアルバム。
バロック音楽の作品集なのですが、実に面白いアルバムです。フランスバロックとイタリアバロックを並べて演奏することで、それぞれの様式の違いをちゃんと吹き分けてこちらに伝えてくれます。デュパール、ヴィヴァルディ、ブラヴェ、ヴェラチーニ、ブラヴェ、ヴィヴァルディという順番に収録されていますが、個人的にデュパールのクラブサン組曲とヴィヴァルディのソナタが絶品だと思っています(ブラヴェはフルート・ソナタをオーボエ編曲して吹いてるし、ヴェラチーニはリコーダーソナタをオーボエ編曲してる)。特に最後に収録されているハ短調のソナタは、同曲屈指の名演だと思っています。
こういうプログラムの妙も含めて、彼がただ技巧を前面に押し出しているわけではないことがわかってもらえると思います。ある意味でバロックオーボエを使うよりもずっと当時の空気感を感じ取れる、そういう世界を作り出していると思います。
バッハ オーボエ・ソナタ集
おそらくこれが現時点での最新録音かな。バッハのオーボエ・ソナタ集。最高です。いや本当に最高です。聴いてもらう他はないんですが、現代楽器でまとめられたバッハのオーボエ・ソナタの録音として、ここまで完成度の高い演奏って他に知らないんですがどうでしょうか。
まぁオーボエ・ソナタといっても、編曲物が幾つかあります。最初に入っているBWV997なんかはもともとリュートのための組曲なんですが、フルートでも演奏されているようです。フルートで演奏する版ともちょっと違っているようで、彼自身による編曲、ということになっています。私はバッハやテレマンは(フルート好きの方には申し訳ないんですが)オーボエの音がフルートよりも合っている気がしているもので、今回のアルバムでこの曲が入っているのは結構嬉しかったです。
全体的に非常に完成度が高く、いつまでも聴いていたくなる、そんな演奏です。
バロックオーボエ協奏曲集
今までは室内楽でしたが、こちらは協奏曲集。純粋なオーボエ協奏曲というよりも、フルート協奏曲やヴァイオリン協奏曲をオーボエ用に編曲したものが多いです。バッハのBWV1041なんてヴァイオリンによる演奏より好きかもしれない。BWV1056も素晴らしい演奏。
協奏曲になったからといって音楽作りを大きくするわけでなく、あくまでも自然。呼吸のように楽器が鳴り、その音楽も呼吸をするかのように流れていきます。
オーボエ界を背負って立つであろう若き天才の名をみんなで覚えておこう!
それにしても往年の巨匠のような歌い回しや音色なんかがあるわけでもないのに、心を捉えて離さない彼の演奏には一体どんな魅力(魔力)があるんだろうか、と思ってしまいます。バロック以外の演奏も紹介しようかと思った(カリヴォダのサロンの音楽とか)のですが、上手い人の上手い演奏を紹介するよりも、彼の、技巧を越えた音楽で語る部分を一番紹介しておきたかったので、このラインナップとしました。
そんなわけで、この若き天才奏者の名前、是非覚えておいてくださいませ。これからのオーボエ界を語る上で、絶対外すことが出来ない奏者ですので!
さて次回は誰にしようかなー。オールドな奏者に行くにはちょっとまだ早いので、あえてアメリカに行くか、イギリスの奏者にするか、あえて日本にするか・・・悩みますね。
それではまた次回。
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