笹の葉はさらさらと父の思い出を運ぶ気がする

Diary

今日はいろんな方の誕生日なようで、おめでとうございます。

そんな中ですが、実は亡き父もこの七夕が誕生日です。

何度も書いているのですが、こういう節目節目で思い出すようにするのが(亡き父への)親孝行の一つだと思っておりまして。
もう見飽きたという方はどうぞ読み飛ばしてくださいませ。

父は、私が2歳半のときにクモ膜下出血で急死しました。
35歳という若さ。
自分が40歳になったいま、改めて35歳って若いよなー、と思います。

この「35歳」という年齢は、ずっと呪縛のように自分を縛ってて。
思い出してみると、自分は小さい頃から35歳までしか自分の人生が無いもの、として考えておりました。
なんでなのかは未だにさっぱりわからないのですが、刷り込みみたいなもんなんですかね。

結婚して子供が生まれた時、そもそも自分が物心ついた頃には「父親」はいなかったものですから、父親って何をすればいいのかさっぱりわからなくて。
子供とどう接すればいいのか、何を会話すればいいのか、妻がいない時に子供とどう過ごせばいいのか。
でもまぁこれはなんとなく「そもそも父親っていうのはそういうもの」というのがわかってきたので、別に私だけが抱える悩みじゃないんだよな、と思えた時にはずいぶん楽になりましたけど。

自分にとっての転機は、やはり自分が父親の年齢を越えたとき、でした。
父親が決して到達することのなかったその年齢を越えた時、母親に「父親より長生きした時点であなたの勝ち」みたいな事を言われまして。
いやー、こっそり一人で泣きました(苦笑)。

実際、なんかいろいろ気持ちは軽くなりまして、割と好きに生きられるようになりました。
おかげさまというかなんというか、気付いたら東京で一人暮らししてたりして、まぁ人生いろいろありますね。

離れていても妻子はちゃんとまともにまっすぐ生きてくれております。
そこに不思議と心配を抱かないのは、そもそも母親と自分(と妹)が、父親のいない環境でもちゃんと真っ当に生きているからに他なりません(ま、真っ当に生きてるよね、俺・・・)。
結果的には父に感謝する形になっちゃいそうですが、やっぱり妻子のこしてさっさと死んじゃうのはズルいよお父さん。
本人にその気はなかった(そりゃーなかったろうな)のもわかりますけど、のこされた方はそりゃもう大変だったわけですからあっちでずっと反省しててくださいな、という気分です。

・・・私もそんな風に思われないように、とにかく死なないように頑張ります・・・。

そんなわけで、年に2回(七夕と命日)は亡父に思いを馳せるようにしております。
酒が好きだった父ですが、代わりこの日だけは飲んであげようと思いました。かしゅっ。

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