なんか全然オーボエ吹き記事を上げていなくてちょっとだけ焦ってる今日このごろいかがお過ごしでしょうか。
というかすっかり秋ですねぇ。秋といえば夜長、芸術。ということで秋の夜長こそ是非「バッハ」の鍵盤曲を、ということでその紹介です。## バッハ、と言いましても・・・
ここでいうバッハは「ヨハン・セバスチャン・バッハ」を指しております(J.S.バッハ)。
いわゆる「大バッハ」です。まぁ一番有名なバッハさんでもあります。
わざわざこう書いてるのは、バッハ一族というのがたくさんいるから。息子とか孫とか・・・。
しかもまたいい曲書いてるんだ(エマニュエル・バッハさん、ヨハン・クリスチャン・バッハさんとか・・・)。
今回紹介するのは大バッハさんの作曲されたものでして、まぁ入手しやすいというのと、録音がたくさんあることで選択肢が多い(自分にあった演奏を探す楽しみもある)ということで。
定番「ゴルドベルク変奏曲」
最初はまぁ、ド定番の「ゴルドベルク変奏曲」。
最初と最後にアリアが置かれ、そのアリアを30種類の変奏形式で聴かせる、という大曲でありながら、その作曲経緯は「不眠に悩むゴルドベルク伯爵のために演奏した」とか。
まぁ現在はこの経緯に懐疑的と言われてますけれど・・・長すぎて寝ちゃうとかそういうの狙ったのでも無い限り、感動的な曲であり、バッハの鍵盤曲の中でも屈指の名曲ですからねぇ・・・。
もともとチェンバロ曲は20世紀に入るまであまり顧みられることの少ない分野だったりします。バッハの楽曲についてはむしろモダン楽器で演奏を行ってくれた人たちによって、今の世での地位を確立したところもあります。
有名なところではカザルスが楽譜店でたまたま見つけた無伴奏チェロ組曲とか。
この曲はもちろん以前からチェンバロで演奏されてきておりますが、世の中の人達への知名度が高まったのは、やはりグレン・グールドによる演奏でしょう。
グレン・グールドによる一連の録音の最初は、このゴルドベルク変奏曲でした。
この録音がなければ、バッハの演奏史はかわっていたかもしれません。
後年のグールドはこの演奏を「若気の至り」と評しましたけれど、その若々しさは逆にこの曲をみずみずしく感じさせてくれます。
リピートは基本的に行わないことや、装飾音符を「上から下に」弾く(通常は下から上に「そどみそー」と弾くのを、上から下に「そみどそー」と弾く、みたいな)、そしていまのバッハ演奏よりもずっとロマンチックな演奏だったりするのですが、それを強弱に頼らずに弾ききるという恐ろしさは、さすがに鬼才と呼ばれただけはあります。
若気の至り、と言ったグールドは、この曲を再録音します。それも当時開発されたばかりだったデジタル録音という形で(最初の録音はモノラル録音)。
これがまた問題作でして・・・。
同じ人が録音したのか???というくらいにまったくの別物であるのは、冒頭に演奏されるアリアを聴けばよくわかります。
「遅っ!!!!」
このテンポ設定をグールドは独自の音楽理論で説明していたようです。
パルスの継続、というもので、リズムの一定の基準(パルス)が存在し、楽曲全体をこの「パルス」で支配することで、即興的や感情的なテンポ変化などを排する、というものです。
ただリズムの硬直化は認めず(メトロノームのように同じリズムを刻むのは嫌いだった)リズムを細分化したり大きくまとめたりすることは可能、ということを話していたそうで(Wikipediaより)
なのでこの演奏、冒頭から非常に統一感の取れた演奏でして、この統一感の中で実に自由に歌うという意味で、あぁ確かにこの頃のグールドからみたら最初の録音は若気の至りということだったのだろうな、と思えるものだったりします。
そしてこの録音が彼の最後の録音となりました。
愛するこの曲で彼の録音人生は始まり、この曲で彼の録音人生も終わったのでした。
グールドばかりではアレなので、チェンバロによる演奏として、少し古い録音ですが巨匠「カール・リヒター」による演奏を。
ミュンヘン・バッハ管弦楽団を組織して、バッハ指揮者としてその名声を高めました。
古楽器による演奏が主流となった今では、彼の演奏スタイルは「オールドタイプ」と思われてしまいますが、グールドだけでなく彼の演奏もバッハの演奏史を間違いなく変えた一人であります。
この録音とは別に、実は来日した際の演奏が存在しておりまして、そちらを私はよく聴いておりました。
演奏のミスなどもいろいろあったり、途中で間違って最初から弾き直したりもするのですが、グールドよりもこのひとの演奏の方が私は好きだった時期がありました(今はどちらも好き)。
ライナーノーツにはまるで大きな展覧会をみているよう、ということが(なぜか対談形式で)書かれておりまして。一つ一つの変奏が一枚の絵のようで、確かにそのような気分にさせられるもので、最後の変奏に圧倒されつつ、最後のアリアが流れると思わず涙してしまう、そんな演奏でした。
紹介しているこの録音は、それから比べればずっと軽やかで聴きやすいのですが、その録音(確かTDKクラシックだった)にもし出会うことがありましたら是非耳を傾けてください。
「インベンションとシンフォニア」は最上級の教材
息子がピアノを習っておりまして。
練習曲には「インベンションとシンフォニア」が入っております。
これ、まぁピアノ習う人にとってはお馴染みにして鬼門の練習教材なんですよね。
インベンションの方は2声。
2つの旋律が絡み合うもので、右手と左手それぞれが独立した旋律を弾きます。
シンフォニアの方は3声。
3つの旋律が絡み合いますが・・・人間の手は2本しかないわけで、右手と左手、というかんたんな区分けではなく、複雑な指使いにより、独立した3つの動きを表現しなくてはなりませんから難易度が上がります(いやインベンションだってちゃんとやったらかなり難しい)。
この曲、実は大バッハが自分の息子のために作曲と鍵盤楽器の教材として作ったとされています。
もともと教材として考えられていたわけですが、今でもこうして教材として使われていることを考えると、大バッハの作曲技法というものがどれだけ時代を超越しているのかがよくわかります。
チェンバロという楽器は弦を爪のようなもので弾いて音をだす(ピアノはハンマーで弦を叩いて音をだす)ので、実は強弱の違いを出すことが出来ません。それどころか強い力で弾くと弦が切れてしまうため、タッチは常に軽やかでなくてはいけないようです。
音の強弱無しで表現を行うと考えたとき、この教材の意味するところが見えてくるようです。
そして教材といって軽んじるには勿体無いほど、見事な楽曲集であります。なので数々のピアニストも録音をしております。
ゴルドベルク変奏曲と違って、一つ一つの曲が短く、演奏技法としてそこまで驚異的に難易度が高いというものでもないおかげで、非常に聴きやすいものです。
そして聴いているだけで音楽の勉強にもなります。是非2声から聴き始めて、同時に進行する2つの旋律をうまく追ってみてください。そしてシンフォニアで3声になっているものもうまく聴き分ける訓練をしてみると、その後で別な曲を聴いたときに様々な旋律がちゃんと脳内で分離されて聴こえてくるのがわかると思います。
さて推薦したいのは本当はグールドなんですが、グールドは確かに録音はしていつつも、全曲ではありません。残念・・・。
ということで、若い女性ピアニストによる素晴らしい録音を紹介します。
演奏する「カリン・ケイ・ナガノ」は、指揮者ケント・ナガノと妻であるピアノ奏者の児玉麻里という音楽家夫妻の娘さんです(紹介記事はこちら)。
タッチの明快さとみずみずしい音色は、この曲の良さを十二分に引き出しており、非常に聴きやすい、おすすめできる演奏です。
この演奏を取っ掛かりにして、是非他の演奏にも耳を傾けてください。
そんなわけで「秋の夜長」はバッハで穏やかにお過ごしください
気温も下がってきつつあり、冬の足音ももうすぐそこまで聞こえてきそうですが、もう少しだけ秋の夜長を、本日紹介しました曲や録音でお楽しみいただければ幸いです。